深見東州 芸術・音楽活動の歴史
 
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オペラ・声楽・指揮

 深見氏は NPO 法人世界芸術文化振興協会(IFAC ) の 代表として、また自らもマルチ・プロフェッショナル・アーティストとして、書画展やオペラ、音楽コンサート、演能会などの芸術活動を世界中で展開し、チャリティー活動や日本文化芸術の紹介につとめています。

  特に、ヨーロッパ、アメリカ、日本において国際的なチャリティー公演を実施し、そのコンサートの収入を、 IFAC は英国の王立盲人協会や各国の福祉団体や芸術団体に寄付しています。

  また深見氏は、自らも中国ではプロの芸術家として、国家一級美術師、国家一級オペラ歌手、国家二級京劇俳優に認定されており、 IFAC が主催するチャリティー公演に、声楽家として、また能楽師、指揮者、作曲家、京劇俳優として出演しています。

  今までに、音楽CDは 76 本、 DVD は 10 本リリース。また、オペラ以外の、 15 年間のライブステージの集大成として、 2007 年5月に9本の CD 「ヒストリカル ライブ ステージ」をリリースしました。

オペラ「聖徳太子」
2004年 9月2日 オペラ「大正時代のボエーム」
(マルチェッロ 深見東州)


2005年 9月15日 オペラ「雛祭りのフィガロの結婚」
(フィガロ 深見東州)

【深見東州氏の声楽家としてのプロフィール】

 中国の二大オペラ団の一つ国立歌劇舞劇院の正団員となり、国家一級オペラ歌手に認定される。 中国国立戯曲学院客員教授。北京戯曲職業学院客員教授。 また、中国国家一級美術師、中国国家二級京劇俳優に認定。

  声楽は、二期会理事長兼東京音楽大学名誉教授の栗林義信氏、グレゴリー・ユーリシッチ氏などに師事し、 1997 年、武蔵野音楽大学特修科(マスタークラス)声楽専攻を修了す。また指揮法を長瀬清正氏、音楽理論を糀場富美子女史に師事す。その後、オーストラリアの二大パーフォーミング・アーツの殿堂として知られる、西オーストラリア州立エディスコーエン大学アカデミー・オブ・パーフォーミング・アーツの大学院を卒業し、創造芸術学修士( MA )を取得。

 戸渡阿見オペラ団を主宰。1997 年3月、オペラ「俊寛」の康頼役でオペラ歌手としてデビュー。同年6月、オペラ「魔笛」のザラストロ役を演ず。 1997 年 10月、オペラブッファ「七福神来天」で毘沙門天役を演ず。 2002 年 11月、オリジナルオペラ「聖徳太子」でタイトルロールを演じ、大絶賛を博す。 2003 年8月、ベルディ作曲、イタリア語原語でのオペラ「椿姫」(元禄のトラヴィアータ)で、ジェルモン役を演ず。 2004 年 5月、北京にて、中国語のオペラ「楊貴妃」の初演に出演、準主役の遣唐使・赤雄役を演じ、その演技と中国語歌唱に大絶賛を博す。 2004 年 9月、プッチーニ作曲のオペラ「ラ・ボエーム」(大正時代のボエーム)で、マルチェッロ役を演じ、ベルカントの王道を行く発声と演技、歌唱力で大好評を博す。

  2005年 9月、モーツァルト作曲「フィガロの結婚」(雛祭りのフィガロの結婚)で、タイトルロールのフィガロ役を演じ、豊かなベルカントの発声とギャグ満載の演技で大好評を博す。 2005年 10月、中国政府主催オペラ「楊貴妃」の日本公演においても、赤雄役を演じ大好評を博す。 2006年 9月、「リゴレット」(リゴレット in ジャパン)で、タイトルロールのリゴレット役を演じ、大絶賛を博キ。2007年9月、「ファルスタッフ」 ( 大江戸版 好色男のファルスタッフ ) で、タイトルロールのファルスタッフ役を演じ、卓越した演技力と発声で絶賛を博す。その他、「第九」「メサイア」「レクイエム」などのソリストとしても活躍す。

  また海外公演は、 1994年 11月「アラウンド・ザ・ワールド」(ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール)、 1996年 11月「世界を華麗な舞台に」(ニューヨーク、カーネギーホール)、また、 1997 年「ニューイヤーコンサート」(ロンドン)、 1998年「サマーコンサート」(ロンドン)、 1998年「前衛芸術コンサート」(オーストラリア)、 2000年「中外著名音楽家演奏会」(中国政府主催・北京)などのコンサートに多数出演。 1999 年、団長を務めるアルプス合唱団とともに、ローマ法王にバチカンでオリジナル曲や日本歌曲を披露、謁見を許さる。また 2002年 4月、世界の5大バリトンの一人グレゴリー・ユーリシッチ氏とともに設立した、「オーストラリアン・オペラスタジオ〔略称: AOS 〕」が正式に開校、チェアマンに就任す。 2002 年 5月、西オーストラリア州のパース国際芸術祭ワールドプレジデント(国際実行委員長)に就任す。 2003年 6月、オーストラリア最古のオペラ劇場、ヒズ・マジェスティ・シアターの 100 周年記念祭の総裁に就任す。西オーストラリア州芸術文化功労賞。  

作曲はピアノ曲、ポップス曲、オーケストラ曲など多数。バイオリン演奏やピアノ即興曲、能管、和太鼓なども演奏す。指揮は、英国室内楽奏団をはじめ、カーネギーホール・オーケストラ、ロイヤル・アルバート・ホール・オーケストラ、日本のシティオーケストラなど 30 回以上をこなす。


2006年 9月16日 オペラ「リゴレット in ジャパン」
(リゴレット 深見東州)


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演劇・京劇・バレエ

平成5年にマイヤ・プリセツカヤとオリジナルバレエ「天の安河のうけひ」、平成12年8月創作能バレエ「羽衣」で共演す。

平成4年12月オペラバレエ「やまとは国のまほろば」、平成5年12月オペラバレエ「天の安河のうけひ」、平成6年3月創作バレエ「来天」、平成6年7月4日「フレンチカンカン」、平成8年6月創作薪バレエ「浜辺に集う妖精たち」、平成9年3月創作薪バレエ「黎明」、平成9年6月創作薪バレエ「顕現」、平成11年4月創作バレエ「日本蘇生」、平成11年5月創作バレエ「日本蘇生」。平成 12年8月創作能バレエ「羽衣」などを演ず。
演劇は平成10年3月「鞍馬天狗」において明治天皇と鞍馬天狗の一人二役でデビュー。

創作 能・バレエ「羽衣」
2000年 8月31日 創作 能・バレエ「羽衣」
(左)深見東州 (右)マイヤ・プリセツカヤ氏
【 舞台芸術 】活動の歴史(履歴)を見る
 

能楽
「エジプトスフィンクス薪能」
2001年6月1日 「エジプトスフィンクス薪能」
半能「石橋(連獅子)」 白獅子 深見 東州(右)

 深見氏が代表を務める特定非営利活動法人世界芸術文化振興協会( IFAC )では、毎年秋に「東京大薪能」(後援・カンボジア王国政府、東京都、M X テレビ、産経新聞など)を主催し、誰でも無料で能楽を鑑賞できる機会を設けており、東京の秋の風物詩として定着しています。

 また IFAC では、能楽の国内及び海外普及にも寄与。イギリス演能旅行、中国演能旅行、米国のメトロポリタン美術館能や 国連薪能、北京大学能など、米国演能旅行、中国演能旅行、また、エジプトのスフィンクス薪能、カンボジアのアンコールワット薪能等を主催しています。同協会の会長である深見氏は、自らも宝生流に属する能楽師として出演しています。

 その他、深見氏は、若い世代の弟子への能楽の普及のために、宝生東州会会主として、 1500 人の弟子を若き能楽師とともに指導しています。また、プロの若手能楽師の育成にも、力を注いでいます。


【深見東州氏の能楽師としてのプロフィール】

 能楽を同志社大学能楽部宝生会にて柏原仁兵衛及び辰巳孝に師事。森田流笛を貞光義次、寺井啓之、帆足正規に師事。一噌流笛を藤田次郎に師事。幸流小鼓を幸信吾に師事。 1972 年初舞台『鶴亀』仕舞。 1996 年初シテ能『猩々』。 1999 年国立能楽堂にて『石橋』披演、 2000 年国立能楽堂にて『乱』を披演。 2001 年『石橋』(連獅子)披演。

2002 年『翁』披演。東京都庁都民広場などに於いて開催される「東京大薪能」にて毎年演ず。能楽の国内及び海外普及に寄与し、イギリス演能旅行、中国演能旅行、米国のメトロポリタン美術館能や 国連薪能、北京大学能など、米国演能旅行、中国演能旅行、また、エジプトのスフィンクス薪能、カンボジアのアンコールワット薪能等を主催し、自らも演能す。今までに 43 度の能のシテを演ず。 10 年間で 43 度のシテは、年間平均 4.3 度になり、宝生流でベスト 10 に入る。

宝生流能楽師、社団法人能楽協会会員。宝生東州会会主。「東京大薪能」主催者代表。

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鹿島神宮御船祭奉納 「鹿島薪能」
2002年8月6日 鹿島神宮御船祭奉納 「鹿島薪能」
能「翁」 シテ 深見 東州(中央)
能楽
京劇「古城の再会」
2000年7年16日 京劇「古城の再会」
(左)王金 (おうきんろ)氏

深見氏が代表を務める 特定非営利法人世界芸術文化振興協会 では、 中国の伝統芸術である京劇の世界的普及にも貢献しています。会長である深見氏は、自らも中国京劇界の泰斗・王金 氏及び葉蓬氏に拝師の儀を通して入門、中国国家二級京劇俳優(平成 14 年 12 月)に認定されています。

IFAC では、日本で京劇公演を開催するほか、 2003 年2月には、オーストラリアのシドニー・オペラハウスで、梅蘭芳(メイランファン)京劇団と協力して「シドニー京劇公演」を開催しました。「梅蘭芳京劇団」は、中国では知らない者のない有名京劇団で、日本で言えば、二期会や N 響( NHK 交響楽団)のような存在です。また梅蘭芳京劇団は、北京京劇院に属する複数の京劇団の中心となる京劇団なのです。

 この、「梅蘭芳京劇団」の創設者・梅蘭芳氏は世界的に有名な京劇俳優で、アメリカやヨーロッパでの京劇公演を次々と成功させた方です。その彼の最後の夢が、シドニーのオペラハウスで京劇を行なうことでありました。志果たせず梅蘭芳氏が亡くなった後、その遺志はご子息の梅葆玖(メイ・パオチュウ)氏に引き継がれましたが、長らくその夢を実現できずにいました。

 

 それを聞いた梅蘭芳基金会理事長でもある会長の深見氏が、シドニーと「梅蘭芳京劇団」の橋渡しをして、遂に実現したのがこの京劇公演だったのです。 この公演では、深見氏も「漢津口」という演目で関羽を演じ、満席に近い観客も、大絶賛したのです。まさに、この時に日・豪・中3カ国の芸術文化が深く交流したのです。

2006 年 11 月には、中華人民共和国文化部、中華人民共和国駐日本国大使館主催、特定非営利活動法人 世界芸術文化振興協会( IFAC )共催で、「中国文化フェスティバル 2006 」の一環として、「世界初・薪能と薪京劇の競演」を東京・六本木ヒルズで開催しました。

 日本の伝統芸術である能と、中国の伝統芸術である京劇(昆劇)の競演によって、両国の芸術文化の交流を行ったのです。ですから、「楊貴妃」と「項羽」という、日本人にも大変馴染みの深い人物の物語を、能と京劇(昆劇)という、それぞれの芸術表現で上演しました。

 物語を比較すると、京劇と昆劇では、楊貴妃や項羽の生前のドラマを中心に描いており、能ではそれぞれの死後のドラマを描いています。ですから、京劇や昆劇と能と、両方があって、初めて楊貴妃と項羽のドラマが完結するとも言えます。すなわち、この日は中国と日本の演目が、お互いを補い合うような舞台となったのです。

【深見東州氏の京劇俳優としてのプロフィール】

 京劇は、人民大会堂にて王金氏と葉蓬氏に正式入門、 1999 年 10 月「西遊記」、同 12 月「虹橋贈珠」での二郎神役、 2000 年7月「古城の再会」での関羽役、 2002 年3月「漢津口」での関羽役などを演ず。また 2003 年2月、シドニー・オペラハウスにて「シドニー京劇公演」に出演し、絶賛を博す。 2002 年 8 月、中国中央電視台( CCTV )主催「第4回国際京昆アマチュアテレビ大コンクール」(中国)に出場、「漢津口」の関羽を演じ、参加者一千人中金龍賞を受賞。受賞後の 2002 年 12 月 4 日、その高い芸術性を評価され、国家二級京劇俳優に認定される。

北京京劇院正団員、黒龍江省京劇院客演団員、梅蘭芳基金会理事長、黒龍江省京劇院京劇振興協会会長。中国国立戯曲学院客員教授、北京戯曲職業学院名誉院長、北京戯曲職業学院客員教授、中国老教授協会名誉教授。 北京戯校教育発展基金会会長。


作品作曲演奏会
  作曲はピアノ曲、ポップス曲、オーケストラ曲など多数。
バイオリン演奏やピアノ即興曲、能管、和太鼓なども演奏す。
指揮は、英国室内楽奏団をはじめ、カーネギーホール・オーケストラ、ロイヤル・アルバート・ホール・オーケストラ、日本のシティオーケストラなど 30 回以上をこなす。


【 作曲作品演奏会 】活動の歴史(履歴)を見る
デヴィッド・ヘルフゴット氏を迎えてのコンサート
デヴィッド・ヘルフゴット氏を迎えてのコンサート
(右)デヴィッド・ヘルフゴット氏

ファッションデザイン
「T.Fukamiファッションショー」
2001年 12月5日 「T.Fukamiファッションショー」

2001年、社団法人日本デザイナーズ協会主催のコンテストで、デザイン画が五千点中2位に選ばれる。
2001年、「T.Fukamiファッションショー」を開催。
2002年、「大型ファッションショー流動する紫禁城」に、「将軍」、「世紀の聖人」として出演。
2006年、「中国文化フェスティバル2006」において、中国スーパーモデルファッションショー「流動する紫禁城」が開催され、日本側のデザイナーとして出展参加。社団法人日本デザイナーズ協会理事。



2006年11月 中国スーパーモデルファッションショー
「流動する紫禁城」 
(左) 深見東州デザイン(冠雪郡鶴) (中央)深見東州氏 (右)胡暁丹氏

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絵画・水彩画

 35 才より独学で絵画を始める。その後仏画を浅井秀水女史、日本画と水彩画を犬飼得之氏に師事す。その後、油絵と西洋画を松下友紀氏に習い、水墨画を安永麦州氏に師事す。また、彫刻を荒川明照氏、陶芸を東紀代美女史に師事す。
2002 年、中国芸術研究院より外国人初の国家一級美術師の認定を受け、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久収蔵される。
高校生国際美術展実行委員長。 東アジア美術交流祭会長。 現代日本書家協会顧問。 社団法人日本デザイナーズ協会理事。 中国国立清華大学美術学院美術学学科博士課程修了。 文学博士( Ph.D )。

2001 年、社団法人日本デザイナーズ協会主催のコンテストで、デザイン画が五千点中二位に選ばれる。 2001 年、「 T.Fukami ファッションショー」(東京)を開催。 2002 年、「大型ファッションショー 流動する紫禁城」(北京)に、「将軍」、「世紀の聖人」として出演す。
1999 年「 BESETO 美術祭東京展」に出品。 1999 年、 ニューヨーク市ソーホーのグラントギャラリーで個展を開催。

書画展
1999年12月1-14日
ニューヨークSOHO GRANT GALLERYに於て「書画展」

1999 年及び 2000 年、西オーストラリア州カリグラフィーギルド協会主催で「深見東州書道展覧会」を開く。
1999 年及び 2000 年、「済州国際美術交流大展」に出品。
2000 年、中国政府文化部主催で北京市紫禁城にて個展を開催。 「BESETO 美術祭北京展」に出品。
2001年、「日・韓精鋭作家招待美術交流展」に出品。北京の金台美術館にて、肖像画の巨匠・袁煕坤氏と「二人展」を開催。 2001 年、「大英図書館永久収蔵記念 現代書家の名品と平成の佐竹本三十六歌仙展」に出展、書の作品が大英図書館に永久収蔵される。
2001年、遊美堂刊の「2000 年度 優秀美術作品全集」に二つの絵画が選ばれ、収録される。
2000 年より、毎年東京で個展を開催。
2002 年、中国芸術研究院より、外国人初の国家一級美術師の認定を受け、アクリル画「青龍神と緋鯉」が永久収蔵される。
2003 年、西オーストラリア州パース国際芸術祭ワールド・プレジデント。西オーストラリア州パース国際芸術祭に招聘され、「東州・麦州二人展」を開催す。西オーストラリア州パース市で、2003 年に行われた「Heart Art in PERTH日豪芸術交流祭」において、水墨画『キラキラ天の川』が、330 人の日本のトッププロ画家の中から選ばれ、「西オーストラリア州芸術文化大臣賞」「パース市長賞」「審査員最優秀賞」の三つの賞を同時に受賞す。このことで、パース市より「名誉芸術家」の称号を授かる。また、西オーストラリア州の芸術文化に対する貢献に対し、「西オーストラリア州文化功労賞」を受賞す。
2006 年、「中国文化フェスティバル 2006 」において、中国スーパーモデルファッションショー「流動する紫禁城」(東京)が開催され、日本側の代表デザイナーとして出展参加す。


「深見東州第一回北京書画展」
2000年5月21日-5月31日
「深見東州第一回北京書画展」 即興で墨画を描く

  書画の作品集に、『深見東州 画集』(求龍堂刊)、『書画 深見東州』(求龍堂刊)、『創作 深見東州』(求龍堂刊)、『深見東州の創造』(求龍堂刊)、『深見東州 日本画の世界』(たちばな出版刊)、『深見東州 書の世界』(たちばな出版刊)、『 TOSHU FUKAMI ART WORKS 』(たちばな出版刊)、『深見東州 - 油絵、水彩、アクリル、色鉛筆、墨彩、書、陶芸 創作  A Creation of Toshu Fukami 』(中国、文化芸術出版社刊)等がある。 (ペンネーム「深見東州」で出版)

また、「TOSHU アート・ギャラリー」が西荻窪(東京)、心斎橋(大阪)、札幌 (北海道)、博多(福岡)にある。
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書道

書は 16 才より田端曲全氏に師事して始める。 35 才より書を竹中青琥女史に学び、西川寧氏の孫弟子となる。大東文化大学書道研究所認定書道教授者。 東州書道研究所を主宰。高校生国際美術展実行委員長。東アジア美術交流祭会長。現代日本書家協会顧問。謙慎展評議員。

2001 年、「大英図書館永久収蔵記念〜現代書家の名品と平成の佐竹本三十六歌仙展」に出展、書の作品が大英図書館に永久収蔵される。



1999 年及び 2000 年「済州国際美術交流大展」に出品。1999 年「 BESETO 美術祭東京展」に出品。1999 年及び 2000 年、西オーストラリア州カリグラフィーギルド協会主催で、「深見東州書道展覧会」を開く。1999 年、ニューヨーク市ソーホーのグラントギャラリーで個展を開催。2000 年、中国政府文化部主催で北京市紫禁城にて個展を開催。 2000 年、東京でチャリティー二人展開催。2000 年「 BESETO 美術祭北京展」に出品。2001 年、「日・韓精鋭作家招待美術交流展」に出品。2001 年、アートと華道を融合させた個展を東京で開催。 2001 年、北京の金台芸術館にて、肖像画の巨匠・袁煕坤氏と「二人展」を開催。

書画の作品集に、『深見東州画集』(求龍堂刊)、『書画 深見東州』(求龍堂刊)、『創作 深見東州』(求龍堂刊)、『深見東州 日本画の世界』『深見東州 書の世界』『 TOSHU FUKAMI ART WORKS 』(たちばな出版刊)、『深見東州 油絵、水彩、アクリル、色鉛筆、墨彩、書、陶芸創作 A Creation of Toshu Fukami 』(中国、文化芸術出版社刊)等がある。 (ペンネーム「深見東州」で出版)

また、「TOSHU アート・ギャラリー」が西荻窪(東京)、心斎橋(大阪)、札幌 (北海道)、博多(福岡)にある。


【 書展 】活動の歴史(履歴)を見る
作品「幽玄」
深見東州作品「幽玄」

陶芸

「よりが戻った愛の皿」
陶芸品

「失恋してかわいそうねマリア像」
陶芸立体


彫刻を荒川明照氏、陶芸を東紀代美女史に師事す。

2002年、中国芸術研究院より国家一級美術師の認定を受ける。

書画作品集に「深見東州画集」「書画 深見東州」「創作 深見東州」(求龍堂刊)、「深見東州日本画の世界」「深見東州書の世界」「Toshu Fukami ART WORKS」(た ちばな出版刊)等がある。


「霊峰富士茶碗」
陶芸品




「とうしゅうふかみ富士茶碗」
陶芸品

華道
水野峨往氏に師事す。嵯峨御流師範。

1999年華道と舞台芸術の融合をテーマに、
「藤の花咲く能バレエの夕べ」を開催。
同年、熊野本宮大社にて
「奉納・藤の花咲くバレエ生け花『日本蘇生』」を開催す。

2001年、東京にてアートと華道を融合させた個展を開催。

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茶道
20才より裏千家流茶道を学ぶ。
その後、全日本茶道会を経て、35才より江戸千家新柳派に入門す。
江戸千家新柳派師範。

伝統的なお茶会を定期的に開催するほか、2002年、茶碗・茶杓・花器・掛け軸・畳・抹茶・菓子など、全ての道具類を自ら制作しプロデュースした、現代芸術と茶道を融合させた茶会を開催す。



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俳句

 東州句会を主宰。 2000 年に第一句集『かげろふ』(たちばな出版刊)を上梓す。

 その他、写真句集『風はグリーンに吹いてきて』、『父よ母よ、僕は元気です』、『山はピンクに花もよう』、『冬の山、ホワイトチョコをかけました』(たちばな出版刊)がある。 (ペンネーム「深見東州」で出版)

金子兜太先生の推薦により、現代俳句協会会員となる。また、 2005 年に、社団法人日本ペンクラブの会員となる。

 深見氏がパーソナリティーをつとめる FM ラジオ番組でも、毎週俳句を紹介して好評です。( 16 年続く FM 番組「さわやか THIS WAY 」)

写真句集
「風はグリーンに吹いてきて」
(たちばな出版刊)

 

写真句集
「冬の山、ホワイトチョコをかけました」
(たちばな出版刊)
写真句集「父よ母よ、僕は元気です」
(たちばな出版刊)


写真句集 「山はピンクに花もよう」
(たちばな出版刊)


写真句集
「海はブルーにいきいきと」
(たちばな出版刊)

 

深見東州俳句作品集 (毎月更新!) 


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